看護師から事務職へ転職して何が変わったか|手に入れた穏やかな日常と戦略的撤退のススメ
「看護師を辞めたいけど、辞めたその後が不安」
そう思って、なかなか一歩を踏み出せない方は多いと思います。私もそうでした。だからこそ、辞めた後に何がどう変わったのか、私のリアルな体験をお伝えしたいと思います。
結論から言えば、私は事務職に転職して、穏やかな日常を取り戻しました。もちろん、失ったものもあります。良いことも、そうでないことも、正直にお話しします。
なぜ「事務職」を選んだのか
私が転職を考えたとき、選択肢は2つしかありませんでした。「別の病院・医院で看護師を続ける」か、「事務職に戻る」か。
当時の私は、看護師経験わずか1年ちょっとで辞めるという劣等感と、「この世界はもう嫌だ」という強いネガティブな気持ちでいっぱいでした。一方で、看護師になる前は15年ほど事務職をしていたので、自分には事務が向いているとよく分かっていました。
両方の求人を探していましたが、やはり目が行くのは事務職。周りからは「看護師しないなんてもったいない!」とよく言われました。でも私は、看護師としてこの先もため息をつきながら生きていくより、得意な事務職でいきいきと生きていくほうが、何倍も明るい未来だと感じたのです。
業界に特にこだわりはありませんでしたが、たまたま希望に合う求人が介護業界の事務職でした。応募から採用まではトントン拍子。看護学校で介護制度を一通り学び、介護施設での実習も経験していたので、評価されたのだと思います。
今、どんな仕事をしているか
現在は、介護施設を複数運営する会社の本社で、人事・労務を担当していて業務は幅広いです。給与・手当の計算、社会保険の申請、採用関連、自社サイトの更新、備品発注、設備管理…と、まんべんなく手がけています。
看護師資格は、ちゃんと活きている
「事務職なら看護師資格は無駄では?」と思うかもしれませんが、意外とそうでもないんです。
同じ建物に介護施設が併設されているため、毎朝利用者さんがやってきます。車から降りて施設に入るまでの誘導を、私は看護師として身につけた介助の技術で安全に行えます。そのため、新しい職員に誘導の仕方を指導する役も任されています。患者さんが高齢者ばかりだった看護師時代の経験から、利用者さんとのコミュニケーションに困ることもありません。
さらに入社してまもなく、職員の健康管理も務めることになりました。職場は高齢化しており健康状態がきになる年齢になりつつある方が多い。そんな方たちに向けて血圧・脈の測定を実施することで「看護師手当」がつくようになりました。事務職だけだとかなりの安月給ですが、この手当が生活の足しになって、本当に助かっています。
働き方は、こんなに変わった
ここが、一番お伝えしたい変化です。看護師時代と今を比べてみます。
看護師時代
- 3交代制
- 休みの希望は月3日まで
- 休憩は1時間設定だが、実際はゼロ。走って食堂に行き、ご飯をかき込み、走って歯磨きして戻る。休めるのは食事中だけ
- 就業中はほとんど水分もとれず。我慢できないときは休憩室に駆け込み、水を一気飲みして現場に戻る
- トイレもままならない。水分を取らないので基本そんなに行きたくならないが、就業中はトイレまで行く暇もないのです
今の事務職
- 9時〜18時の定時、休憩はきっちり1時間
- 週休2日制。希望を出し続けたら、土日休みが定着した
- 平日に休みたければ土曜出勤で調整するなど、柔軟に対応してもらえる
- 職場まで車で5分。帰宅後はYouTubeを見ながらご飯を食べて、のんびり
- デスクの上には常にコーヒーやお茶。もちろんトイレ休憩も自由です
不満を挙げるとすれば、祝日が出勤なこと。休みたいときは有給を使っています。でも、それくらいです。あの不規則な世界から、カレンダー通りの規則的な生活に戻れたこと。これがどれほど幸せか、経験した人にしか分からないかもしれません。
正直に言う、収入のこと
気になるお金の話も、正直にお伝えします。
転職当時事務職の基本給は、看護師時代より若干下がりました。ただ、数年働いて昇給し、看護師手当もつくようになった今は、看護師時代の基本給より少し高いくらいです。
ただし、看護師には夜勤手当があります。本夜勤で1万5千円、準夜勤・深夜勤で8千円。月に4〜5回夜勤をすれば、トータルの給料は看護師のほうが良いのは事実です。
でも、私は途中から夜勤を免除してもらっていたので、夜勤手当はゼロ。基本給だけで、手取りは20万円を下回ることもしばしばでした。あの激務で手取り20万円以下。今思えば、狂気の世界です。 田舎の事務職は給料が高くない、というのは割り切っています。お金には代えられないものを手に入れたので。
体と心が、軽くなった
看護師時代の私は、心身ともに限界を超えていました。頭の中で常に「ピーッ」と警告音が鳴っているような状態。蕁麻疹、まぶたのぴくつき、お腹をくだす、痩せる、そしてため息がデフォルト。
事務職に移ってからは、職場は私と同年代の「おばさん」ばかり。若い人に気を遣っていた看護学校〜看護師時代と比べて、本当に気が休まります。話が合うんです。休日にため息をつくこともなく、帰宅すれば仕事のことは一切忘れ、緊張することもない。やっぱり今の事務職が、私には合っています。
唯一良くないことを挙げるなら…看護師時代から5キロ太ったこと、でしょうか(笑)。あの異常な運動量がなくなった証拠でもあります。
子どもとの時間が、すべてを変えた
そして、転職して一番良かったこと。それは、子どもとの関係です。
母親が規則的に帰ってくることは、子どもの心の安定に直結すると、私は強く感じています。今は毎週土日を一緒に過ごせるし、平日は宿題を見るのが習慣。まったく疲れていないので、おしゃべりもたくさんできます。
実は、私の母も看護師でした。だから私には、看護師の子どもの気持ちが痛いほど分かります。
私の母も例外なく、いつも疲れていて、帰宅時間も不規則でした。そんな母と話したくて雑談を持ちかけても、右から左に聞き流していることは子どもの目からみても明らかでした。今思えば疲れているしそれどころではなかったんだと思います。
次第に話を持ちかけることもしなくなりました。聞いてほしいときに聞いてくれない。これは小学生にとって非常にショックなことであり、そこから母に対しては心を閉ざすようになっていったように思います。そのため小学校の頃から今に至るまで、母に悩みを相談をしたことはほとんどありません。子どもは、自分の話が右から左に流されていることを敏感に察知するものです。 結果として、私はいつも家にいてくれた大好きな祖母にしか自分の本心を話さなくなりました。その”後遺症”は今も残っていて、現在でも母に悩み相談をしたり、一緒に笑えるような楽しい話をすることはほとんどありません。どうせ私の話なんかに興味ないんでしょ、っていう記憶がずっと残ってしまったのです。
看護師時代、先輩に相談したとき「大丈夫。みんな同じだよ」と言われて、まったく慰めにならなかった。それどころか「同じになりたくない。大丈夫じゃない」と強く思った。その理由が、今ならはっきり分かります。自分の子どもに、私と同じ思いをさせたくなかったのです。だからあの言葉に、強烈な違和感を覚えたのだと思います。
(※このときの話は、看護師を1年で辞めた本当の理由の記事でも詳しく書いています)
失ったものも、正直にある
ここまで良いことを書いてきましたが、転職して残念に思うこともあります。
それは、看護師としてのスキルを伸ばしていけなくなったことです。看護師時代、職場環境は過酷でしたが、看護をすること自体や、専門的な手技を覚え技術を習得していくことには、徐々にできるようになれば嬉しく、成長を感じることができていました。勤め先の環境のせいで、その可能性が断たれてしまったのは、正直、残念です。
だからこそ、これから看護師として働く方には伝えたい。職場は慎重にリサーチして、できれば実際に働いている人から直接話を聞いて選んでほしい。環境さえ合えば、看護師という仕事そのものは、やりがいのあるものだと思うのです。
戦略的撤退のススメ 転職”活動”は自由です
最後に。辞めたいけど不安なあなたへ。
私が見てきた看護師の世界は、ため息ばかりの世界でした。ほぼ全員が「辞めたい」と思いながら、「資格がもったいないから」という理由で、嫌々続けている。そんな世界でした。
でも、心が限界になる前に、一刻も早く戦略的撤退をするのは、良い選択だと私は思います。自分の人生を、何より大切にしてほしいのです。
すぐに辞める勇気がないなら、まずは転職活動だけでもしてみてください。転職活動は自由ですし、何より自分の価値や可能性を客観的に見つめ直せます。狭い看護師の世界から一歩外に出て周りを見渡せば、もっと自由な世界が広がっています。
少し顔を上げて、見てごらん。そう、今悩んでいる方に伝えたいです。
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